Artist Story

林 美后|Hayashi Mico

はじまり

わたしは、自分の内にひろがる“幻想の景色”をもとに、陶磁を素材に装飾表現しています。

陶芸をはじめるに至った経緯を、すこしお話しできればとおもいます。

 
 

【こども時代】

 幼少期から、絵をかいたり、工作するのが好きでした。他にもごっこ遊びをしたりして、日々を送っていました。装飾的で繊細な細工のもの、色彩豊かなもの当時から好んでいたのはそういうもので、今も変わっていません。

小学校では、親友と2人して、毎日おなかを抱えて笑って過ごしました。中学からは中高一貫の女子校に進学し、自由な校風のもと、仲間たちとのびのび暮らしました。本当に、みんないいこたちでした。

高校1年のとき、美大受験を決意し、画塾に通いはじめました。そこから高校卒業まで、とても濃い時間を過ごしました。

 振り返れば、友人にも先生も恵まれていたおかげで、幸せなこども時代だったと思います。

 

  

 【陶芸との出会い】

そうして成長したわたしは、1番好きなことを学ぼうと美大に進学しました。

入学したのは金沢美術大学。はじめて一人暮らしをした金沢は、四季と空がそれはきれいな街でした。

金沢美術工芸大学の工芸科では、まず染織・漆・金工・陶磁の4コースを体験し、その上で専攻を決めることができました。これが陶芸との出会いです。

造形の楽しさ、窯の扉を開けるまで完成品がどうなるかわからない、工程の面白さに魅了されました。

陶磁器は「硬い」素材でありながら、割れると「もろく儚い」性質があり、白磁のボディは光を含むと「柔らかく」見えます。

作家が、自分の手で直接素材に触れながら成形できるのに対し、最後の仕上げは手から離れた窯の中で行われます。この相反するような素材の特性が、興味深く感じられました。
また、陶芸の釉薬は、調合によって色や表情が変わってきます。焼き方ひとつでも違いは大きく出ます。特に結晶などは偶発的に生じるため、その表情が唯一無二な点にも引き付けられました。

 こうしてわたしは、陶芸を選びました。

やきものの世界は奥深いです。窯で焼く工程も、面白い反面、割れてしまったり、失敗もあります。でも、だからこそ、やりがいがあります。

 大学院を出た後、会社勤めもしましたが、この道に再び戻ってきました。これからは、陶芸とともに人生を歩んでいこうと思っています。

 

作品の“完成のかたち”についてときどき考えます。作品が焼きあがっても、もっとその先に、それはあるような気がするのです。おなじ作品でも、みるひとの感性によって受け取り方はちがうでしょう。感性の数だけひろがりの可能性を秘めているのです。

やきものは、土には帰りません。その存在は、わたしの一生よりも長いはずです。どこまでも続く物語のような、そんな気持ちで作品をながめます。どなたかのお手元で、寄り添いながら共に物語をつむいでいけることを願っています。

 

 

幻想の景色


わたしが制作するうえで着想を得ているのが、自らの内に広がる“幻想の景色”です。

“幻想の景色”は、眠ってみる“夢”に似ています。それは、無意識に浮かんでくる非実在の景色です。

 みなさんは夢をみるでしょうか?

自分の内界でありながら、意識の外世界、つまりは“無意識”の領域に広がっている。しかし、夢の中身をみてみると、起きている間に取り入れた情報や経験が、ところどころに反映されていたりする…夢とはそういうものではないでしょうか。

“自分の外”ではなく“意識の外=無意識”の世界なのですね。とはいえやっぱり“無意識”なので、夢を見た本人にとっても、夢は新鮮に感じられる。夢っておもしろい!!大人になった今でも、つくづくおもいます。

 

“幻想の景色”もそれに似ています。意識せず、ふとした瞬間、脳裏に広がる光景なのです。布のしわ、部屋の隅のほこり、炭酸水の泡、におい、味、音…日常の様々なものに接していて、それは現れます。

 

たとえば、布のしわをながめているとき。ふと、砂漠の景色が広がります。足元で砂がサラサラと音をたて、赤い夕陽の方角から、すこし肌寒い風が吹いてくる。

果物の味のお菓子を食べているとき。艶のある色とりどりの小さな玉が、どこからともなく落ちてきて跳ね回り、さいごには弾けて金色の粉になる。そんな光景が広がります。

そのときの自分の視点はというと、その世界の中にいて、周りを見渡しているような感覚です。

こうしたイメージの世界、“幻想の景色”から得た要素をもとに、作品に落とし込んでいます。

 

いまのわたしが見る“幻想の景色”は、これまで目にした様々な物が、化学反応をおこすように映像となっているのでしょう。

 自分の内から生まれながらも、自分の意識の外にあるもの。その仕組みは夢に似ているような気がしています。

 

陶芸の工程にも、つながるものを感じています。それは、「自分の意識を離れる過程」があるからです。

陶芸の制作工程、“焼成”は、焼き上がり冷めるまでに数日かかります。試作やテストは繰り返していても、扉をあけて取り出すまでは、作家本人も実際に作品がどうなっているのかはわかりません。窯から出す時は、作家本人も毎回わくわくドキドキします。

 

自分自身、楽しみながら手を動かしています。お手に取られるみなさまにも、楽しんでいただけると嬉しいです。

 

 

 

制作工程

 

制作についてお話しします。

わたしが用いている素材は陶磁です。陶土・磁土といった土の種類は、作品に応じて使い分けています。ベースの形をつくるうえでも、ろくろをはじめ、手びねり、鋳込みなど、技法を使い分けながら取り組んでいます。

土台の形ができたら、イッチンという技法を用いて装飾していきます。 イッチンで描く線は、泥状にした粘土を用いているのですが、立体的で動きがあります。制作していて、とても楽しい工程です。

 

【素焼き前の作品】

 わたしたちは、日々、視覚から多くを得ています。そんな中で、もしも視覚をうしなったら?と、よく考えるのです。

立体的な装飾は、眼を閉じて触ったときにも辿ることができます。視覚を楽しませる「色彩」以外にも、「触覚」や「聴覚」といった五感に着目しながら、ものづくりをしていきたいとおもっています。

 

装飾した作品は、数日間乾かした後、素焼きをします。素焼きは700〜800℃ほどまで温度をあげるのですが、窯が冷めるのにも時間を要するので、取り出すまでに数日間かかります。

 

【素焼き後の作品】

 

【素焼き後は暖かみのある色になります】

 

欲しい表情に応じて、釉薬も調合します。原料の分量はもちろん、焼き方でも表情は変わってきます。同じ釉薬であっても、毎回おなじ表情が表れるわけではありません。

意図して作った釉薬が、窯によって、無作為の世界に入っていく。作り手でありながら、自分の意識のそとに作品を任せるこの工程は、やきものの面白さのひとつです。

 

【釉薬が流れて結晶ができます】
【細かな結晶のテスト】

 

素焼きした素地に釉薬をかけ、本焼きします。本焼きは1200℃以上の高温で行うため、素焼き以上に時間がかかります。窯のなかで焼かれる作品、扉をあけてみないことには、作家自身にもどうなっているのかわかりません。この段階で破損してしまうこともしばしば…。期待と不安の入り混じる瞬間です。

 

 わたしは本焼きのあとにも、上絵や金彩を施すことがあります。上絵も金彩も、焼成温度が異なるため、素焼き・本焼きに加え、焼成時間がかかります。

実際には、焼成だけではなく、成形や乾燥、施釉、ヤスリがけなどの工程もあるため、ひとつの作品の完成までに何週間もの時間が必要になる場合もあります。

 

こうして完成した作品は、ひとつひとつ手作業で作りあげたからこその味がうまれます。物が溢れる時代だからこそ、大量生産ではない一点ものの風合いを大切に。繊細さのなかに、味わいのある物作りを目指しています。

 

 

  • 林 美后(はやし みこ)

    1991 愛知県に生まれる

    2014 金沢美術工芸大学工芸科 卒業

    2016 金沢美術工芸大学大学院 修了

    2021 名古屋にて制作をはじめる

    2022 東京へアトリエ移転

    ✳︎ 

    展覧会 (exhibition)

    2012▫️「金沢美術工芸大学工芸科

         合同展 おもてなし」桃組(石川)

    2013▫️「百花展」金沢市民芸術村(石川)

    2014▫️「金沢美術工芸大学卒業制作展」

         金沢21世紀美術館(石川)

      ▫️「アジア現代陶芸展」

         クレイ金海美術館(韓国)

    2016▫️「金沢美術工芸大学修了制作展」

         金沢21世紀美術館(石川)

    2018▫️「冬の色 陶の器とアクセサリー

         4人展」White Gallery (東京)

    2023▫️「新城文香・林美后 陶展

        -早春のうつわ-」新宿高島屋 (東京) 「小さな宝物展」ギャラリー緑陶里(栃木)

    2024▫️「あたたかな食卓」atelier & gallery creava(石川)